2010年5月27日木曜日

Not the "homeless" anymore...

件名の通り、昨日5月26日付で引っ越しました。

これで、仮住まいの生活から解放され、落ち着くことができそうです。

ひとまず、報告まで。

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Finally I have settled in a house near to Av. Paulista.

I got liberated from the life of the "homeless".

Soooo relieving....



Boa noite !

2010年5月25日火曜日

他人と何かやるために必要なこと

昂揚感満ち満ちた文章を書いたあとで、ふと振り返ってみて思ったことを書き残す。

帰って来た上司と我がアサインメントの刷り合わせのために話していた時のこと。



午後に話し合うことに決まった朝の段階で、自分としては、何をアサインされるのか聞いた上でこちらから話すつもりだった。

提示された中で自分が”できる”ことを見つければいいと考えていた。



ところが向こうは真っ先に、個人として何ができるか、どんな貢献をできるか話すように求めてきた。

全く想定していなかったこととはいえ、しばらく答えに詰まってしまった。



結論から見れば、研修に来る前からわかっていた範囲での話。

しかし、あそこで円滑な受け答えができなかったのは結構ショックである。

最終的には何とかなったものの、ちょっとしたハプニングだった。



・”できる”ことを伝えるのは、同時に”できない”ことを伝えること。つまり、線引き。

・”できる”ことを伝えようとするときには肩の力を抜いたほうがいい。むしろ、”できない”ことから始めるといいかも。

・アサインメントの時でさえ、手取り足取り教えてくれると考えることは間違いである。


他人と一緒に何かをやるに際して、しかも前提がなければない分だけ、重要なことだろう。

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I said in the last article that I got assigned a lot of things to do.


But I had not thought that I had to tell what I could do for the company before having known what they wanted me to do.

So once I got stuck to say something.

At the end of the talk, the boss and I finished with a certain result.

However, I got some impressions about what are needed for doing something with others.


I am probably writing a bit too far.

Don't hesitate to tell what you experienced and show what you are.

That matters.



Boa noite !

2010年5月24日月曜日

She's back !

配属されたチームのトップが休暇から帰還した!

したがって今までと打って変わり、割り振られた仕事量のなんと多いことか!

しかも以前バイトでやっていたことがそのまま活かせそうで、ホクホクしております。

意外と重いのだけど、そんなことは言ってられない。

「学習」と書いて、「まねる、なれる」。

この感覚を忘れずにやっていきたい。

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Today, I have been assigned a lot of things to do.

It is because my boss, who was gone on vacation, has come back.

On the other hand, it can be probably said that I have been left alone nothing to do...

But anyway, now I am like a fish in water.

And I am a bit excited also with the fact that the assignment is similar to what I did on my part-time job in the last month.

No way to say any complaints ! Just to do it !

That's all I am feeling now.

Boa noite !

2010年5月22日土曜日

鼻母音

ポルトガル語(ブラジル語)をやらなくては、という話。


昨日、USP(Universidade de São Paulo:「ウスピ」と発音。)の学生と共に宿の下見に行った。

その時の会話の中で突きつけられた鼻母音というコンセプト。

大学の最初に仏語をやったきり、すっかり忘れておりました。

完全に日本語読みをしていたので、言うなればスペイン語発音に近いものになっていたのだろうか。


例えば「Consolacão」。

Paulista通り沿いにある地下鉄の駅名である。最後の「ão」が鼻母音。

現地の人の発音は日本語では表現し難いが、僕は「コンソラソン("ラ"にアクセント)」と発音していた。

我が職場の最寄り駅、「Brigadeiro」からは緑色の地下鉄で北西方面へ2駅行ったところである。

東京でいうところの、新宿、なかでも二丁目にあるような店が多くあるらしい。



それはさておき、印欧語族の言語を母語としている人にはまだとっつきやすいのかもしれない。

しかし、我が母語は日本語である。

したがって、今のところ音で聞いただけでは全く頭に入ってこない。

職場や学生など、互いに時間に余裕を持ってやりとりできる関係ならば、何と言ったのか聞いてメモ帳に書いてもらうなどすればいい。

しかし、買い物や街中で道を聞かれた場合など、困ってしまう。

実際に「Rua Augustaはどこ?」などと尋ねられた(ように思われた)!

・・・英語で乗り切ったけど。苦笑。



というわけで、ポルトガル語で円滑な意思疎通ができるようになるまで、まだまだ道のりは遠そうである。


Boa noite!

2010年5月21日金曜日

The 1st weekdays end...

しばらくは仮住まいが続きそうだ。

ルームシェアの人たちの中で居候という半ばホームレス状態である、と言えば響きが哀れに過ぎるが、健康管理さえしっかりできれば、乗り越えられそうである。

いや、この間に、意外と「大学生にしか出来ないこと」をやらせてもらっているのかもしれない。

その時には本人を含め誰もがその本人にとっての意味がわからないような経験、それが大学生にしか出来ないことなのではないか。ふと思ったことだが、記しておく。


さて、現地入りの後4日、仕事場に通い始めて3日が経つ。


自分が配属されたセクションについての知識を少しずつ獲得している。日々、一歩一歩。

個人的には、とある上司の方のキャラクターがツボ。

まさか、ブラジルに来て"The Ghost in the Shell"の話をするとは思わなかった。

そんな彼は今日の昼下がりに、突然パックマン音をオフィスに響かせた。よきムードメーカーである。あれを計算してやってたとしたらスゴイ。

今日はこの辺で。

2010年5月18日火曜日

Arrival report

Today I have arrived in Sao Paulo. It took a long time to fly from Tokyo via Washington Dulles Int'l Airport. It's been more than 20 hours except the time for transit.

After my arrival, two AIESEC members took me to the accommodation, but because of a trouble, finally I am going to sleep in the house of Francisco, who is one of the two.

So far it's been a great journey to the back side of the globe and I am very happy with the hospitalities of Brazilian people, including not only AIESECers but also Francisco's parents, who don't speak English.

Tomorrow, I have to get up early for my first "commuting ". Ciao!

From Chico's room.

2010年5月10日月曜日

渡航日決定

FIX-OPENなので、帰国日も決まった。

225日。ちょうど7ヶ月半の滞在である。

保険とキャッシュカード類をなんとかしよう。

今日はこの辺で。

2010年5月7日金曜日

メーカー訪問+現地社長との初対面

6日に引き続き、昨日は標準時子午線の都市、明石にある工場を見学。夜行バスで0泊3日という強行軍だった。阪神工業地帯の一端を担う工場群、或いはそれを取り巻く地域一帯は、いわゆる「昭和の面影」が残っていた。

目的は2つ。ものづくりの現場に対する理解を深めることと、ちょうど一時帰国することになっている現地法人の社長さんと話し合いの場を持つこと。

降りしきる雨の中、工場西門での10時の集合に来てくださったのは、営業本部のブラジル担当の方。学生時代にブラジル企業にて1年研修されていたそう。彼に連れられて事務所の応接室で工場全体に関するビデオを視聴したのち、見学コース案内の係の人たちに連れられて工場見学。

リーマンショック後に1本減らされた生産ラインのうち、稼働していたのは半分の3本。生産されている製品も、ほとんどが海外輸出用らしい。言われてみれば閑散とした雰囲気だったが、工場というものを見慣れているわけではないので、そんなことはあまり関係なかった。むしろ、製品生産ラインの頭と尻とでの製品の姿の違い、エンジン生産工場での油の臭い、様々なメーカーから納品される部品の山、部品を運ぶ運搬車(築地市場で使われているのと一緒)の機動性、、、ワクワクした、というと大げさだが、幼少の折にプラモデルを作り上げたときに得た感覚と似たものを抱いた。

一通り工場見学をしたのち、もう一人のブラジル担当の方と合流して昼食へ。

二人目の営業の方は、昨年5月から3カ月ほどブラジルに赴任されていた。僕が3月ごろにこなした課題をネタにブラジル市場の話など、研修先の事を中心に話した。ディーラーの所長さんとの会話より、ぐっとブラジルに近づく。一人目の方は頻りに「ブラジルに行きたい!」とおっしゃっていた。帰国したら報告のために再訪しよう。余談だが、とにかく肉がおいしいらしい。彼は3カ月で15キロ近く体重が増えたとのこと。恐るべし。

昼食を終えてお二人とはお別れ。現地法人の社長さんのスケジュールを確認したのちに連絡するとのこと。雨の中、駅まで戻って時間つぶし。結果、14時半ごろから1時間ほど、社長さんとお話しする時間をいただけた。

脇道に逸れまくったが、聞きたいことは聞けた。とにかくマシンガントークだったので、社長さんのお言葉を以下に列挙。

・ものは言いよう
・まねて慣れろ
・新入社員のつもりで鍛える
・1回はマナウスに連れて行ってやる(言質とりました!)
・夜は寒いから極寒仕様の服を一式準備すべし
・現地での従業員は30名。日本語わかるのが10人くらい。
・現地物品は高いが質低い。服なんかは揃えて持っていくべし。

この方のもとで半年やっていくのだと考えると、気が引き締まる思いだった。と、同時にブラジルで働くこと、が近づいてきた実感を得た。

15時半過ぎに社長さんと別れたのち、天気も晴れた。写真を撮っていなかったことに気付き、最初の集合場所だった工場西門まで行って研修生二人だけで記念写真。保安課のおばちゃん、ありがとう。

17時過ぎに三ノ宮に戻り、21時半のバスの出発までカフェで時間をつぶしたり、夕食を食べたりした。近辺の某学生団体の知り合いと夕食をともにすることは叶わなかったが、帰国後に再訪するときは果たしたい。

2日連続での訪問シリーズが終わり、ひと眠りして、この記事を書いています。

2010年5月6日木曜日

ディーラー訪問

今日は蒲田にある二輪車ディーラー訪問。これを書いただけで相当絞られてしまうわけですが、仕方ない。

事前の名目は一日研修ということだったが、その実、ほとんどは座談会だった。そのディーラーの所長さんが、販売店内の見学に連れまわって下さった後、様々な質問に応えてくださった。実際に研修先企業/業界の方に話を伺ったり、現場に赴いたりしたことはなかったので、収穫は大きかった。

見学の最中は、主に販売店としての満たすべき基準の話に終始した。ディーラーの文脈では「認証工場」の上に「指定工場」という資格があり、今回訪問させてもらった販売店は関東に数件しかない「指定工場」だとのこと。自動車産業というのは総合的なものづくりであると同時に、コンテンツ産業でもあると感じた。特に嗜好品としての性質が強いバイク(二輪車)においてはなおさらだ。買ってもらうこと自体も大事だが、その先には買ってもらった後の長い付き合いが待っている。

一方、昼食後の質疑応答の内容は、日本国内に限って、二輪車免許制度、購買層、広告宣伝、メーカーとディーラーの関係、利益率、技術開発の在り方、など多岐にわたった。所長さん自身がメーカーチームの監督を務めて海外経験があったからか、海外戦略についても少し伺うことができた。

所長さんからは「二輪車が好きだ」という雰囲気がひしひしと伝わってきた。聞いてみたところ、仕事と趣味が重なったことは良し悪しだとのこと。しかし、「ものづくり」に携わっているから、ということもなかろうが、何がしかの情熱が感じられたことが今回のディーラー訪問の一番の成果だったのかもしれない。