2011年4月5日火曜日

旧友訪問:阿佐ヶ谷

今日は教科書をもらいに阿佐ヶ谷に行った。

数年前のケニアでのインターンシップに筆者が立ち会った、その人である。

試しに丸の内線に乗りっぱなしで南阿佐ヶ谷まで行ったが、結局JRと定期券の組み合わせのほうが安いということが判明し、帰りは阿佐ヶ谷で電車に乗った。

阿佐ヶ谷のアーケード商店街にあるカフェでお互いに近況報告。

何の利害もなく、だからこそ腹を割って話せる中であり、(勝手に)同志のように感じている。

諸般の事情により未だ学生をしている彼女は、どちらかというとお金に無頓着な自分は稼ぐことよりもやりたいことをやりたいと思うようになった、と言っていた。

外務省の専門職員を目指しているそうだ。

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明石の白木屋を去る間際にかけられた一言が思い出された:”君には国のために働いてほしい”。

その言葉をかけてくださった方との対比で、自分は未だ金に対する執着が強くない。

しかし「自分の金でやっている」という実感こそが、権力としてのお金を持つものに備えられるべきと考えると、現段階で執着が強くないからといって見切りをつけるべきではなく、どんな道に進もうとも責任としての金への執着は身に付ける必要があるだろう。

とはいえ、彼女が提示してくれた切り口には、非常に共感できる部分があったのも確かである。

いずれにせよ「では、どの道に行くのか」という問いが再び浮かび上がってくるわけだが、結論を出すには未だ時間がかかりそうだ。


追記:丸の内線には「新宿」「中野」と名の付く駅がそれぞれ4つ、加えて「三丁目」駅が3つある、ということに気がついた。なお「本郷」だけは旧三丁目の名残とのこと。

2011年4月2日土曜日

震災の影響

サンパウロから来た日系ブラジル人と会う予定がなくなってしまった。

去る3月11日に起きた地震が原因だ。

4月から町田にある大学に語学研修プログラムに参加する予定で、それまでは茨城の親戚の家に泊まって学費稼ぎのアルバイトをしていたらしい。

Facebookで流れていた彼女の投稿を見ると、水が無いだとか電気がないだとか、復旧しただとか、もろに被災したことが伝わってきた。

彼女とはAIESECサンパウロ大学委員会を通じて知り合ったわけだが、向こうで直接あったことは無かったので地味に楽しみにしていたのだった。

東京経由でブラジルに帰るわけで、実は会うチャンスもあったのだが、コミュニケーションミスで流れてしまった。

うむ、残念。

ここで書いている以上のことがあったわけではないのだが、忘れぬために記す。