2011年3月29日火曜日

働く上で大切にしたいこと

いわゆる「就活」をしている。

その中で割と直球勝負の質問に出会ったので、その回答をここに記しておく。なぜなら「働く」ことに対する認識は、あのブラジルでの8ヶ月の経験を置いては語れないからだ。

したがって、この文章は8ヶ月の経験の結果ということが出来よう。

一方で「働く上で大切にしたいこと」なんて、変わりうるものだし、言語化されているものがどれだけ本当のことを示しているかには疑問の余地がある。

ひょっとしたら「あの時は若かった」と思うのかもしれない。

しかし、これが「いま」である。

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0.これから働く上で大切にしたいことを2つ挙げ、それぞれの理由を書きなさい。

1-1.これから働く上で大切にしたいこと

自分を高められる環境に身をおいて仕事をすること。

1-2.上記の理由

ある場所・状態に留まっているだけでは人間だめになってしまうと思うからだ。ここでいう「環境」とは、一緒に働くことで知的刺激を受けられる人がいる場所であり、また知的な営為(たとえば何かを習得・創造するための試行錯誤)に対して一定の許容を示してくれる場を想定している。もっと言えば、個人にかかわる意思決定を最大限尊重してくれる環境とも言える。もちろん腰をすえて取り組んだり、組織として動いたりしないと達成できないことがあるのは確かだ。しかし、それにしてもその取り組みを通じて自分に何の変化もないということであったら、それは単に「やらなければならない」という義務感や見栄で動いているだけで不健康であると考える。「働く」ということは少なからず人生の時間を仕事に費やすということであるが、どうせ働くなら健康に、わくわくしながら働きたい。

2-1.これから働く上で大切にしたいこと

何らかの形で人類に貢献すること

2-2.上記の理由

これについては特に確固たる理由があるわけではなく、漠然と、そうしなければならない、そうすることが自分に期待されていることであり本分である、と思ってきたからだとしか言えない。自分にとってどんな形で貢献することが最適なのかは未だわからない。しかし、今までお世話になってきた人たちからの期待、そうした人へ恩返しをしたいという気持ち、将来的に期待される友人の活躍、それに負けてられないという気持ち、これらを総合すると上記に至る。
ここで、何を為すのかが問題になるが、現状、答えを出すには自分は知らなさ過ぎると考えているため、現段階で身近にある切り口で歩き始めてみて、その中で何かが見えてくるのを待つしかないと考えている。

2011年3月22日火曜日

居酒屋にて

西明石駅の脇の居酒屋で社長さんの音頭で人が集まり、飲んだ。

創業者の末裔さんあり、スペイン支店の支店長さんありの、今までにない顔ぶれで、話を聞いているだけでも楽しかった。

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ひとまず就職活動に臨んでいる。

現段階においては自分がサンパウロで過ごした8ヶ月はまさにこのためにあったのではないかというくらい、インターンシップでの経験を話すことにしている。最近の出来事なので話しやすい。

就職活動に臨んでいるのも、8ヶ月を通じて「働く」ということのイメージが以前よりかなり明確につかめた気がしているからだ。

とはいえ、「ご縁」か「サンパウロでやっていた仕事の延長線上」、それら2つ以外の軸は持ち合わせていない。



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ところが、である。

「君には国のために働いてほしい」というお言葉をいただいた。

北千里の友人の家に終電間際で着くために、急いで居酒屋を出ようとした際の一言だった。


明石での引き継ぎ

17日から20日にかけて、往復共に夜行バスで1泊4日の関西訪問に出た。

主目的はインターン先企業の明石工場を訪ねて、お世話になった方々に挨拶をすることである。インターン先の社長さんの日本出張のタイミングにかぶせた。

(サンパウロに出張でいらした方々と次期インターン生と共に。)

明石で何をしたかを記すと以下のとおり。

12時:工場到着
12時過ぎ~13時過ぎ:回転寿司でブラジルの社長さんと営業のブラジル担当の方々と昼食
14時半~15時:工場付設の歴代モデルの展示場見学
15時半~16時過ぎ:サンパウロに出張でいらっしゃった方々へのご挨拶
16時半~18時:情報処理に関する引継ぎ
18時過ぎ:退社
19時半~22時過ぎ:居酒屋で飲み会

このうち、次期インターン生への引継ぎとして、工場見学と社長さんとの面会という内容があったが、出張でいらした方々への挨拶は、インターン先企業がどんな雰囲気なのかというのを伝えるのにいい機会であったものと思われる。

震災の影響で部品供給が止まり、工場見学が出来なかったのは残念だったが、彼らにとって、マナウスへ連れて行ってもらえることが決まったことが、不幸中の幸いだったはずである。

退社までの時間でそれ以外の部分では、引継ぎと称してエクセルを用いた情報処理トレーニングの続きをやってもらっていた。

基本的には、アウトプット(例の月次報告書)の基となるローデータと過去のアウトプットを渡して「アウトプットしてください」といっているだけなので、「指示を出して、あとはどれくらい出来るかを見る」厳しめの訓練である。

逆の視点で言うと、終わりの見えない試行錯誤が必要であり、かつ、方法論については極力ネット上で探せと言われているという過酷な状況である。

しかし、今回の会議室における時間を通じて次期インターン生2人は互いに情報交換するなどして進歩しているように見えたし、この訓練を通じて方法論をより深く体得できるはずなのでがんばってほしい。

2011年3月13日日曜日

Um amigo brasileiro em Tóquio

母からメールがあり、地元の集まりの飲み会にブラジル人留学生が来ているとのこと。

とりあえず行ってみた。

聞いたところ、サンパウロ州はCampinasにある州立大学のUniCampで博士課程に在籍している学生さんであるとのこと。日系移民のうちの初期の流れについて研究しており、歴史家としての道に進みたいという。

駒場にある日本学生支援機構の寮に住んでいるために、同じく駒場の剣道場に通っているとのこと。

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久しぶりのブラジル人との会話では、ポルトガル語がなかなか出てこなかった(もともと出てこないが)ことに若干残念な気持ちを抱きつつも、お互いに共通の話題がたくさんあり、思い出話に花が咲いた。

彼は、もうこの3月末で帰国してしまうのだが、こうした機会は大事にしていきたいと思った。

2011年3月9日水曜日

訪友:あきる野へ

去る土曜日、サンパウロで会った友人が写真展を開いているというのを聞きつけて、あきる野市小川まで行ってきた。

我が家からだと京王線~JR南武線~青梅線~五日市線という経路で東秋留(ひがしあきる)駅まで。

住民にとっては車だけが移動手段と言っても過言ではないだろう場所であり、駅の脇に地図があることを当てにしていったらひどい目に遭った。

(東秋留駅からカフェが面している睦橋通りに出るために通った道。)

写真展をやっているカフェは睦橋通り沿いにあり、割りとおしゃれな雰囲気だった。

訪れた時は自分とその友人だけがお客。

3時半ごろに店に到着し、話していたら閉店の5時までの時間があっという間に過ぎ去っていった。

内容については、テーマが子どもということで、彼女が世界中を旅した中で出会った子どもたちの写真が展示されていた。

しかし個人的には、南米滞在9ヶ月間の中で何人もの日本人バックパッカーと出会ってきたので、子どもというテーマを離れて作られていたアルバム2冊のなかの写真たちの方が入りやすかった。

素人による初めての写真展ということで改善の余地は大いにあるように思われたが、あったかい雰囲気が醸し出され、居心地は非常によかった。

(写真展をやっていたカフェにて。)

今回、写真展を開いていた彼女、実はお医者さんである。

インターンを終えた段階で、世界中を旅するという事業に出た。

現段階で2年目を終え、今度の5月にふたたび旅に出るそうである。(詳しくは、こちらを参照のこと)

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約9ヶ月という時間を南米ブラジルの地で過ごしてきた。

これから先、時間制限なしの世界一周などという一大事業は、おそらく僕は為し得ない。

ここでいう「世界一周」というのは、例えば一周の航空券を買った以外は、全て現地に行ってから情報収集し、そこで次の行き先を決めるようなスタイルである。

森有正は「こだわるだけの『体験』ではなく、現在の積極的行動につながる『経験』としなければならない」といった。

或いは、過去の事実(経験)を変えることは出来ず、その事実への見方を何通りにも持つようになることこそが成長だと断言する人もいる。

僕はというと、その9か月という時間をして、もっと心躍るような機会があるはずだ思わずにはいられない。


当時の経験を共有する人との再会というのは、「過去への新たな見方」を発見するきっかけであるに違いない。

だとすれば、そうした機会は多く持ちたいものである。